娘の授業を見ていて

以前から「小学校の先生は、中学校以降でどのような指導をされているのか、知っているのだろうか」とか「高校の先生は、小学校から中学校までどのような指導をされているのか、知っているのだろうか」とか、そういう疑問を持っていました。ここに何かしらのギャップが生じてしまうと、その接合部分で生徒が混乱をしてしまう・・・言い方を変えれば「勉強の悪い癖」がついてしまうのではないか、と考えているのですね。

昨日、上の娘の授業参観がありました。授業自体は、先生がご自身のキャラクターを活かした、とても魅力的な指導をされていたので、見ていたこちらも「なるほどなあ」と感じるものだったのです。しかしその中で1つ気付いたことが。

その授業の内容が、算数の”折れ線グラフ”の導入。そこで、教科書に書いてある題材からデータを取り出し、その折れ線グラフを”読み取る”という内容だったのです。その授業中、扱うデータは小さな紙に印刷され、それを生徒たちのノートに貼付するように指示されていました。また読み取る折れ線グラフも、同様に印刷されたものを配られ、それをノートに貼付するようになっていました。そしてその添付したものにデータを書き込んだり、読み取ったりしていたのです。

それを見て何となく、今のうちの生徒たちの問題点の発端が少し感じられたような気がしたのです。

ただ先に書いておきますが、この授業の方法が間違っているとも思いませんし、これを直接批判したいのではありません。集団授業を行っていて、さらに小学校中学年ということも相まって、全体に統一的な指導を行っているのであれば、このような効率化は当然のことだと思います。むしろ「よくこの先生は、一つひとつ準備されているなあ」と関心したものです。

そこではなく、私が感じたのは「無駄の無さ」なのです。

均一化された指導を効率よくやるのであれば、無駄の無さはプラス要因と言えるでしょう。だから小学校の授業としては問題ありません。けれども生徒たちは、その「無駄の無さ」が勉強だと考えてしまうかもしれないのです。もしそうなったら、いい影響ばかりでは無くなってしまうのです。

興味を持ったことをメモする、それまで分からなかったことが理解出来たときにその跡を残す、・・・他にも私がよく書くような、グラフを描いてみる、問題の条件を書き下してみる、具体例を作って考えてみる、など問題を解く”プロセス”とも言える行動が、この中には含まれなくなってしまうのです。

もちろんこの授業は小学校のもの。だから私が挙げたものは当てはまらない方が多いでしょう。だから本題は、

『この現状を、中学校の先生や高校の先生が知っているのか』

なのですね。もしもこのような授業の延長で、中学や高校でも同様の指導を行ってしまったら、私が挙げたようなことをするチャンスはどんどんと失われてしまいます。そしてさらに、中学や高校の勉強であれば、それらの事が”必要なもの”になってくるのです。

これはあくまで私の印象でしかありません。けれども今の生徒たち(一部ではありますが)を見ていると、どうもこの傾向があるような気がしてならないのです。「小さい頃から”真面目”に取り組んでいた」・・・こういう生徒が、気がついた時にはそうなっているわけです。

もしも関係があることであれば、こういう点を大きく「教育改革」すべきでしょうね。

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