ノーベル賞と”危機感”

まずはこの記事から。

科学分野のノーベル賞ゼロ 科技相に危機感

記事内にある大臣は、本当にそう思って、本当にこのような発言をしたのでしょうか。そしてこの記事を書いた記者は、どのようなことを思いこの記事を書いたのでしょうか。さらに、この記事に賛同する読者・・・すなわち「今年もノーベル賞が取れると思っていたのに、残念」みたいに感じている方は、どれほどいるのでしょうか。

こんなこと、教育業界にいれば当然のことだとすぐに分かります。現在の日本の基礎研究分野は危機的状況です。

研究の最前線であるべき大学には、そのための予算がほとんど回ってこない。また人的な補助も出来ていないので、先生たちが研究をそっちのけで事務作業的なものをやらないといけない。また最近の「推薦・AO入試の増加」によって入試の手間もかかるので、そちらにも時間が取られてしまう。・・・このような大学の先生方の悲鳴は、多くのソーシャルメディアで散見されます。

そしてこれにプラスして、私がいつも書いているような「学術的な知識の修得よりも、目先の問題が解けるかどうか」に終始する先生や生徒、また大学に対して「学術的に高度な研究よりも、卒業後の安定した就職」を期待する社会の風潮があるのです。そりゃ、基礎研究も低迷することでしょう。

また数年前より、「成果が出そうな研究には予算を付けるが、そうではないものには極力”絞る”」という方針が国から出されています。だとしたら、実を結ぶか分からない基礎研究などは、それが続けられるはずもありません。

そもそも、この3年間でノーベル賞が続いたのは、全て今よりも前の成果についてのものです。だからその流れが途切れてしまったら、その後は「今年のノーベル賞は・・・」みたいな話は、現実からかなり遠いものになってしまうでしょうね。

さて。

ノーベル賞如何にかかわらず、日本という国として科学技術分野を発展させるのであれば、今の状況は変えていかないといけません。もっと社会全体で、教育の重要性について意識を高めないと、最先端の研究を維持することは不可能です。重要性があるから子供たちにも教育を受けさせる、子供たちが高度な教育を受けるから自然と研究が進化していく。・・・ある意味”当たり前”のことです。

ただそこまで大がかりなことではなく、もっと簡単に改善させる方法があります。それが「研究に対してもっとお金を出す」ということ。それぞれの研究者が、それぞれの分野を思う存分深化させることが改善の鍵と言えますし、そのためにはお金が必要になります。実際、現在こういう研究の分野でどんどん成長している中国などは、そういうものに対してかなりの予算を付けているのです。

こういう現状でも、まだ”教育の無償化”を論点として政争をやっていくのでしょうか。
こういう現状でも、まだ”人物重視”などの教育改革を進めていくつもりなのでしょうか。
こういう現状でも、まだ大学に対する予算を渋っていくのでしょうか。

・・・冒頭の記事で、大臣の発言があったので、珍しく政治について少し触れました。気分を害された方にはお詫びいたします。

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