「一部の」算数による影響

以前、正の数・負の数の計算が全くできない中1生を教えていたときのこと。その生徒に「(-2)×3」の結果を聞くと、ちゃんと「-6」と答えられるのです。しかし「2×(-3)」にすると、全く答えられないのです。

こういうとき、例えば要領のいい子であれば「多分答えは、掛け算をした結果の6にプラスかマイナスを付けたものだろう」みたいに考えて、答えだけは出そうとします。そういう視点でこの計算を見ると「プラスとマイナスを掛けているから、その結果は”マイナス”になるのだ」と覚えることで、すんなりと計算が出来るようになってくれるのです、が・・・。

この生徒は全く答えません。どうやら本当に「どうやって計算をしたらいいのか分からない」という様子。そこで私は「この2つの計算の、どこの違いでそんなに困っているの」と尋ねてみたのです。そうしたら、

「(-2)×3は、-2が3個あるから-6になるけど・・・」と。

分かっていただけるでしょうか。この生徒は、小学校で掛け算の導入によく用いられる「掛けられる数は一個あたりの量で、掛ける数はその個数である」という表現を、後生大事にずっと信じ込んでいたのです。だから「負の数で表された”個数”」という概念が理解できず、本当に「どう計算したら分からない」という状態になっていたのですね。

正直、悲しくなりました。この生徒が理解の根拠としているものが、その先の理解の妨げになっていたのですから。だから「どうしてこうなるのか」ということを考えれば考えるほど、目の前の問題が掴めなくなっていたのです。

確かにこの生徒にも大きな非があります。中学の数学までに、そういう導入の内容を取っ払うこと(要は、積の交換法則ですね)も出来たはずです。また「負の数で表された”個数”」という概念も、中学数学では必要不可欠なものだったりするので、そこで問題を解消すべきだったのです。

ただ現実として、このような悪影響というものがあるのです。

ネット上では「掛け算の順序問題」というものがよく議論されています(私もこのブログで何度か触れたことがあります)。が、これが前向きで建設的な議論になっているところを見たことがありません。だからこのような例を取り上げて、これからこの問題を議論する、なんてことは考えていません。

ただ、「掛け算の導入」という、ほとんどの人が”ちっぽけなもの”と感じるようなことが、大きな影響を及ぼすことを知ってほしいのです。「掛け算の順序には守らなければならない意味がある」ということと「掛け算をすれば求められるということが分かれば、順序は気にしなくてもいい」ということと、果たしてどちらの方が悪影響が少ないか。

算数や数学に詳しい人たちが不毛な議論を繰り返すよりも、私はそうでない人たちに身近な問題として考えてほしいと思いますね。そうすることで少しでも、上のような生徒が減ってくれればと願っています。

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